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第二章 金鶏塚のはなし(根成柿)

           

                      第二章 

                   金鶏塚のはなし



 
高田のまちの、いちばん南のはしの在所、根成柿で、菅原道真をまつる天満神社の森の中にある、二つの石塔を知っているかいな。

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この石塔は昔から、柿本人麻呂の歌塚とも、お墓とも言われるもんでな。

正月元旦の夜明け、黄金の鶏が飛んできて、ここにとまり、東天紅と時を告げるという、めでたい言い伝えのある金鶏塚とは、そうよ、これなんよ。

          金鶏塚のはなし
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昔、明日香の朝廷につかえた万葉歌人、柿本人麻呂は、最後は遠く石見の国(今の島根県)の役人として送られ、そこで命を終えたのは、ほんに残念なことやった。

残された妻の与佐美は、なげき悲しみはしたものの、気をとり直し、歌の名人だった人麻呂のてがらをしのんで、この二つの石塔(塚)を建てて、しみじみ冥福を祈ったわけ。

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ところが、阿田蟇麻呂と言う、人麻呂のライバルだった心のよくない男が、天子様の命令だというて、この二つの塚のとりこわしをせまってきたんや。

ひどいことや。

与佐美は、次の正月の朝までの期限をつけてこれを返したあと、毎日、人麻呂の霊に向こうて祈りつづけたんよ、そりゃあ、一生けんめいにな。

いよいよ正月の夜明けがきて、蟇麻呂たちが二つの石塔のとりこわしにかかろうとしたその時やった、そこら一面まばゆい光でいっぱいになったかと思うと、

どこからか、黄金をまとうた鶏が二羽飛んできて、それぞれの塚にとまり、力いっぱい声いっぱい、勢いよく、東天紅と時をつげたんや。

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その神々しいこと、まばゆいこと、悪人たちは恐れをなして、ほうほうのていで逃げ去ったということや。

どうや、今度の正月の夜明け、この石塔をたずねて、金の鶏に会いに行く人はおらんかの。


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 現在、天満神社の社殿は新築され、この金鶏塚のまわりも整備されています。
天満神社のすぐ南の安楽寺跡には、越智家栄が建立した「法華経千部読踊記念碑」があります。

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※本文と絵は大和高田の民話絵本より。
歩く人 高田の民話と伝承の郷、11ヶ所を訪ね歩いてきました。

   1話づつご紹介いたします。

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